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札幌地方裁判所 平成4年(ワ)449号 判決

原告

有限会社輸入左破産管財人

廣川清英

被告

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

栂村明剛

外五名

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、札幌法務局平成三年一〇月二四日受付第一八三八七号の抵当権設定登記の破産法による否認の登記手続をせよ。

三  原告のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、札幌法務局平成三年一〇月二四日受付第一八三八七号の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  所有権

原告は別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  本件登記

本件土地について、被告のため左記内容の札幌法務局平成三年一〇月二四日受付第一八三八七号の抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)が経由されている。

原因 平成三年一〇月二三日換価の猶予にかかる平成二年度申告所得税(延滞税をも含む。)についての平成三年一〇月二三日抵当権設定

債権額 五八五〇万九〇〇〇円

債務者 恵庭市西島松四四三番地四関川哲美(以下「関川」という。)

抵当権者 大蔵省

3  破産

訴外有限会社輸入左(以下「破産者」という。)は、平成三年一二月二一日札幌地方裁判所に対し破産の申立てをし、同月二四日同裁判所において破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任された。

4  否認権の行使(予備的請求原因)

(一)(1) 仮に、抗弁1のとおりの本件抵当権設定契約の成立が認められるとしても、右契約は、破産申立前六か月内である平成三年一〇月二三日ころになされたものである。

(2) 本件抵当権設定契約は、破産者にとって無償行為である。

(3) よって、原告は、被告に対し、破産法七二条五号に基づき否認権を行使する。

(二)(1) 破産者は、平成三年一一月一八日、第一回目の手形不渡を出し、同年一二月二日第二回目の不渡を出して、同月五日に銀行取引停止処分に付された。

(2) 右第一回目の手形不渡は、資金不足によるものであって、破産者はこれ以前の同年九月二六日の時点で既に支払不能状態にあった。したがって、右第一回目の手形不渡日に破産法七二条四号に規定する「支払ノ停止」があったものである。

(3) 本件抵当権設定契約は、平成三年一〇月二三日ころの締結であるから、右支払停止前三〇日内になされたものである。

(4) 本件抵当権設定契約は、破産者の義務に属しない担保の供与である。

(5) よって、原告は、被告に対し、破産法七二条四号に基づき否認権を行使する。

5  結論

よって、原告は、被告に対し、主位的には破産者の所有権に基づき、予備的には破産法七二条五号又は四号所定の否認権の行使に基づき、本件登記の抹消登記手続をすることを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  請求原因4の事実については、(一)のうち、(1)は認めるが、(2)は否認する。(二)のうち、(1)は認めるが、(2)は否認し、(3)及び(4)は争う。

三  抗弁

1  抵当権設定契約(主位的請求について)

破産者は、平成三年一〇月二三日ころ、被告との間で、関川の被告に対する平成二年度申告所得税(延滞税をも含む。)にかかる五八五〇万九〇〇〇円の租税債務を担保するために、本件土地につき抵当権設定契約(以下「本件抵当権設定契約」という。)を締結し、右契約に基づき本件登記が経由された。

2  善意(予備的請求中の四号否認について)

原告は、本件抵当権設定契約締結当時、破産者の支払停止を知らなかった。

四  抗弁に対する認否

いずれも、否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一主位的請求について

1  請求原因1(所有権)、2(本件登記)及び3(破産)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  抗弁1(抵当権設定契約)について

本件抵当権設定契約の締結を証する証拠としては、破産者の抵当権設定登記承諾書(乙1の2)、担保提供書(乙10)及び取締役会議事録(乙11)があり、これらについては、破産者及び破産者の代表取締役であった天谷祐治(以下「天谷」という。)の署名押印部分について真正なものであることに争いがない。

他方、証人天谷は、国税のために抵当権を設定するという話は聞いていない旨証言し、これらの書証については、当時協和埼玉銀行等の金融機関から融資を受けるという話があり、滝沢税理士からたくさん書類を渡されて判を押したが、そのときの書類にあったのだと思う旨証言している。しかし、右の乙1の2及び乙10は、仮に内容が未補充だったとしても、宛名として税務署長(又は札幌国税局長)の表示があり、かつ税金の納税担保等の不動文字もあり、一見して、金融機関用の書類とは異なる。しかも、これらの乙号証に関する証人天谷の証言は、あいまいである上、前後矛盾する点もあり、信用することができない。また、後述する事実経過に照らしてみても、本件抵当権設定契約の締結には、特に不自然であるとか、理解し難い点は見い出せない。

そうすると、前記乙1の2、乙10及び11は、真正に成立したものと推定すべきであり、これらに、成立に争いのない乙1の1(登記嘱託書)、及び乙3(印鑑証明)を合わせ考えると、抗弁1の本件抵当権設定契約の締結の事実を認めるに十分である。

3  結論

以上によれば、原告の主位的請求は失当である。

二予備的請求について

請求原因4(一)(無償否認)について判断するに、(1)(破産申立前六か月内の契約)の事実については当事者間に争いがない。よって、以下(2)(無償行為)の点について検討を加えることとする。

1  本件抵当権設定契約は、関川の被告に対する租税債務を被担保債務としているから、これを普通に理解すれば、他人のためになした担保の提供ということになる。しかし、被告は、平成振興及びその代表者である関川並びに破産者の三者が、平成三年三月ころ、破産者が自己振出の手形を関川の租税債務の支払のため国に差し入れることを承諾した際に、破産者が平成振興に対して支払うべき一億円のうち、関川の租税債務相当額は、破産者が関川に代わって関川の滞納国税の支払をすることとし、その同額分、破産者の平成振興に対する支払を免除するとともに、関川が平成振興に対して貸し付けていた五〇〇〇万円の清算も併せて行う特別な合意が成立した旨主張し、したがって、破産者も関川の租税債務を負担しているので、本件抵当権設定締約も、その履行確保のために行われたものであって、自己の既存債務のための担保の提供と同視できると主張する。

そこで、本件抵当権設定契約に至る事実経過を検討するに、〈書証番号略〉並びに証人関川及び天谷の各証言に弁論の全趣旨を合わせ考えると、次の事実が認められる。

(一)  天谷の母親が経営する有限会社おおぬま(以下「おおぬま」という。)及び破産者は、昭和六三年ないし平成二年ころ、第三者の所有する札幌市中央区北四条東一丁目三番一四宅地66.11平方メートル、同番二四宅地66.11平方メートル(この二筆の土地及びその上の店舗を、以下「A不動産」という。)等を取得して、これを転売することを計画し、その資金の提供元を捜した。

(二)  平成元年一一月ころ、破産者は、右の不動産の取得、転売に関連して、株式会社ツガワ工業から三五〇〇万円を受領した。平成二年三月ころ、破産者は右に追加して一五〇〇万円を受領した。その際、株式会社ツガワ工業、破産者及び平成振興は、以上合計五〇〇〇万円の支払者を平成振興とする旨合意した。

(三)  ところが、破産者はA不動産を取得することができず、前記五〇〇〇万円も自社の資金繰りに費消してしまって返還できない状況となったため、平成二年八月ころから、破産者と平成振興ないし関川との間で、紛争が生じた。五〇〇〇万円の返還や違約金の支払いを請求された破産者は、平成二年一二月二六日、平成振興に対し、手付金の倍返しとして一億円を平成三年三月三一日に支払うこと、破産者が右債務の支払を保証するために札幌市中央区北四条東一丁目三番二〇号宅地82.64平方メートル(以下「B不動産」という。)等を担保として差し入れることなどを内容とする合意書(乙6)に記名押印した。

(四)  破産者は、平成三年三月三一日以降も、前記五〇〇〇万円あるいは右一億円を弁済することも、また、B不動産等を担保に提供することもできないでいたところ、平成振興の要求により、そのころ、自社振出しの額面二〇〇〇万円、あるいは一七〇〇万円の約束手形複数を平成振興に交付した。しかし、破産者は、その後も右約束手形の決済ができなかったため、同年四月末日以降も、手形の支払期日が近付くごとに、平成振興の従業員である伊藤洸(以下「伊藤」という。)に頼んで、手形の書替えを行ってもらっていた。

(五)  関川は、平成三年六月五日、本件抵当権設定契約の被担保債務と同じ国税の納付のため破産者振出の約束手形三通(額面合計五七〇〇万円、支払期日同年七月三一日、又は同年八月三一日)を国税局に預託した。しかし、右各手形も決済されることなく期日直前に取り戻された。その後、これらは順次書き替えられ、同年九月一三日には、額面六一〇七万一三〇〇円、支払期日同年九月二七日の破産者振出の約束手形が、さらに同日には、額面同額、支払期日同年一一月三〇日の破産者振出の約束手形が、札幌国税局に差し入れられた。

(六)  天谷は、平成三年夏の終わりか秋ころ、破産者が振り出した約束手形が札幌国税局に差し入れられるかもしれない旨伊藤から聞き、その後実際に差し入れられたことを知った。しかし、破産者が被告に対して、関川の租税債務について、納税保証の手続をとるこはなかった。

(七)  平成三年一〇月三〇日ころ、平成振興と破産者との間で、平成振興が所持している破産者振出の額面四〇〇〇万円、支払期日平成三年一〇月三〇日の約束手形について、右四〇〇〇万円の手形債務のうち二〇〇〇万円を平成四年一月から平成五年八月までの間、毎月末日限り一〇〇万円宛の分割支払とし、右分割金の支払のため、破産者が振り出しおおぬまが裏書した約束手形を平成振興に交付し、その完済を条件として、残金二〇〇〇万円の支払を免除し、四〇〇〇万円の手形については本日返還するとの合意がなされた。右合意に基づく支払は、その後おおぬまによって継続されている。

(八)  破産者が平成振興に交付し、あるいは書き替えて再交付した約束手形は、一部が破産者に戻されたものの、前記の額面六一〇七万一三〇〇円の約束手形を含めて、相当数が破産者に戻されていない。

(九)  平成振興は、破産者に対する平成四年二月五日の債権届出において、書き替えられた旧手形であるはずの額面二〇〇〇万円及び一七〇〇万円、支払期日平成三年七月三一日の約束手形二通の各元本及び利息金を届け出たが、それ以外の債権については届出をしていない。

2  以上の事実経過からすると、まず、破産者が直接被告との間で、関川の租税債務を負担するような保証、債務引受等の法律行為をしていないことは明らかである。

また、関川を通じての間接的合意、あるいは第三者のための契約若しくは平成振興、関川及び破産者間の三者限りの合意してとらえてみても、被告の主張するような破産者による関川の租税債務の負担を証する合意書、覚書等の客観的資料の存在を窺わせる証拠は何もない。

確かに本件抵当権設定契約締結当時、破産者は国に対する手形債務を負担しており、その代表取締役であった天谷も、破産者振出しの約束手形何通かが札幌国税局に対して差し入れられていることを認識していたということができる。しかし、手形債務を負担するということが、手形差入れの原因関係に当たる債務を負担することにつながらないことはいうまでもないところである。殊に当該手形が裏書の上、第三者に差し入れられている場合は、振出人の手形上の責任と、裏書人とその第三者間の債権債務関係が直接の関連性を有しないことは明らかであり、それは、振出人が右手形差入れに係る事情を知っていようといないとにかかわらない。したがって、天谷が手形差入れを知っていたなどの前記事実は、破産者が被告から手形金を請求される可能性があることを知っていたという事実を推認させることはできるが、それだけでは、破産者が被告に対して直接に関川の租税債務を負担する義務を負う旨の合意をしたものと推認する根拠にはならない。そして、右手形差入れに際して、それ以上に特別な合意がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

また前記合意書(乙6)の効力の有無は、本訴において判断すべきものではないが、これにより破産者が平成振興に対して負担したと考える余地のある一億円の債務については、前記(七)による分割払と二〇〇〇万円の免除以外にこれを変更、解消させる合意や事実が生じたことを窺わせる証拠は何もない。したがって、平成三年三月ころないし本件抵当権設定契約締結の際に右一億円のうち、関川の租税債務相当額の債務が消滅したとは認められない。なお、乙12は、四〇〇〇万円の債務についての合意を示すだけで六〇〇〇万円の債務については言及していないが、そもそも乙12は額面四〇〇〇万円の約束手形の返還に関する合意なのであるから、このことをもって六〇〇〇万円の債務が消滅したものと推認することは相当でない。

また、破産債権の届出をみても、平成振興は、札幌国税局に差し入れられ、その後書替によって関川に返還された手形を破産者に返還することなく破産債権として届け出ており、確かに一億円の債権届出はしていないが、これをもって、六〇〇〇万円の債務の消滅の根拠とすることはできない。

さらに、関川自身も、手形の差入れや抵当権設定それ自体によっては、平成振興の破産者に対する六〇〇〇万円の債権は消滅しないと考えているものと認められる(証人関川の証言)。関川は、本件抵当権設定契約にかかる不動産によって、本件の租税債務の大部分が清算されるであろうと考えていたようであるが、これは可能性にすぎないのであるから、右関川の考えは、租税債務相当分の債務免除を認定する証拠となるものではない。

そうすると、破産者が平成振興に交付して、いまだに破産者に返却されていない約束手形が少なくとも額面合計一億円近いものに達することも考え合わせると、本件抵当権設定契約締結の際あるいはそれ以前には、関川の租税債務相当額の債務の免除という事実はなかったものと認定すべきである。

そのほか、破産者が被告に対し直接に関川の租税債務を負担する義務を負う旨の合意をしたものと認定するに足りる的確な証拠はない。

以上によれば、本件抵当権設定契約は、頭書のとおり、破産者が他人のためになした担保の供与に該当する。

3  そこで次に、本件において破産者が抵当権設定の対価として経済的利益を受けたか否かを検討する。

(一)  まず、本件の抵当権の設定によって、破産者の平成振興に対する六〇〇〇万円の、又は関川の租税債務相当額の債務が消滅したことにならないことは、すでに前項において説示したところから明らかである。

(二)  次に、本件の抵当権の設定によって、破産者の平成振興に対するB不動産についての担保提供義務が消滅したとの証拠も存在しないから、右担保提供義務の消滅をもって、破産者の経済的利益とみることもできない。

(三)  また、平成三年一〇月三〇日ころの二〇〇〇万円の免除条項を含む合意は、おおぬまが破産者の手形債務の支払を裏書によって担保したことによるものと解するのが相当である。本件抵当権設定契約との関連性を認めるに足りる証拠はない。したがって、右合意は、本件の抵当権設定の対価としてなされたものではない。

(四)  被告は、前記一億円支払の履行期である平成三年三月三一日の翌日以降発生する遅延損害金について、本件抵当権設定契約後、平成振興から破産者に対してその支払が求められておらず、これは本件の抵当権設定によって免除されたものであると主張する。

確かに、右支払がなされたとの事実を明確に認めるような証拠は存在しない。しかし、〈書証番号略〉によれば、被告に差し入れられた破産者振り出しの手形金額が書き替えによって増額されているようにも考えられる。また、証人天谷は、手形書替の際に伊藤に金を渡した旨も証言しており、要するに、本件の抵当権の設定前にも、遅延損害金がどのように支払われていたのか判然としない。また、本件の抵当権設定後間もなく破産者が手形不渡を出していることと、各手形金の金額の大きさを考えると、平成振興が破産者に対してあえて遅延損害金の請求行為をしていないとしても、特段奇異とすべき事柄ではない。

そうすると、確たる証拠もない以上、本件の抵当権設定により遅延損害金が免除されたものと認定することはできない。

(五)  また、破産者は、本件抵当権設定契約の前後ころ、前記一億円の債務及び手形債務につき、手形の書替えによって期限の猶予の利益を受けていたものと考えられる。

しかし、右期限の猶予は、法的なものか事実上のものか判然としない上、本件の抵当権設定以前から繰り返しなされていたものであり、本件の抵当権設定の対価としてなされたことを認めるに足りる証拠はない(いずれにせよ、若干の期限の猶予がされても、本件では、それだけでは、抵当権設定によって破産財団が減少し、一般債権者が害されたことに変わりはないのであるから、なお有害な行為といわざるを得ず、無償行為と評価すべきである。)。

(六)  以上のとおり、破産者は本件の抵当権設定の対価としての経済的利益を受けていない。

4 以上の事実によれば、本件抵当権設定契約は、破産法七二条五号にいう無償行為に当たるものというべきである。

三結論

以上によれば、本件は、破産法七二条五号による否認を認めるのが相当であって、原告の予備的請求は、主文二項掲記の限度で理由があるから、その限度で認容し(原告の請求の趣旨は、破産法による否認の登記手続を求める請求をも含むものと認める。)、その余の予備的請求及び主位的請求は失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官菅野博之)

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